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		<summary type="html" xml:base="http://www.kokoro.net/" xml:lang="ja">　多忙さと夏バテ気味なのとで，また月末ギリギリになってしまいました。お待たせしてすみません。一時の猛暑は少し緩和した感じがしますが，豪雨での水害などが各地でありますし，ここ数年はその警戒も必要ですね。暑さだけでも結構なストレスですので，身体的なケアに加え，自律神経が乱れるので気持ちを落ち着けられる時間をもてるようにすることが大切です。今回は，自己肯定感と承認欲求について書きたいと思います。</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kokoro.net/">
<![CDATA[<div>　多忙さと夏バテ気味なのとで，また月末ギリギリになってしまいました。お待たせしてすみません。一時の猛暑は少し緩和した感じがしますが，豪雨での水害などが各地でありますし，ここ数年はその警戒も必要ですね。暑さだけでも結構なストレスですので，身体的なケアに加え，自律神経が乱れるので気持ちを落ち着けられる時間をもてるようにすることが大切です。今回は，自己肯定感と承認欲求について書きたいと思います。<br />　「自己肯定感」というのは，文字通り自分自身に対して肯定的な感覚をもてることを指しますが，自己肯定感が高い／低いとか自己肯定感を高めるとか，子どもの教育に関する文章などでも一般的に使われるようになってきました。基本的には，自己肯定感が高い方が望ましいですし，子どもの自己肯定感を高めるためにはほめて伸ばすという方向が勧められます。否定されてばかりだと，自己肯定感は低くなりますし，特に人格否定のような言葉は避けることが重要です。子どもの自己肯定感に関しては，親や本人が愛着を感じている養育者の言葉が最も大きく影響します。次に，教師や友達同士との関係の中での影響が大きくなります。親や養育者の言葉による自己肯定感は子どもの心の基礎をつくるもので，主に本人の存在自体に関わります。自分が愛されている，大切にされているという実感は，心の地力のような基礎部分を形成し，困難を乗り越えて生き抜くような強さをもたらします。また，教師や友達同士の関係では，社会性における自己肯定感といえるものを主に形成するため，人との関わりの中で自分が大丈夫だという感覚につながります。自己効力感（セルフエスティーム）との関連も深く，好奇心や積極性を発揮して物事を成し遂げていく原動力になっていきます。<br /><br />　「承認欲求」は，心理学の中でマズローの欲求階層説から派生して言われるようになったようですが，承認欲求の強さが揶揄されることも多いように感じています。自己肯定感が低いと承認欲求が強くなりやすく，特に社会性における自己肯定感が低いと，何かと自分の成果などを周囲にアピールしたり，何か自慢できることがあるとひけらかしたりすることが多くなり，周囲には敬遠されたり煙たがられてしまったりする傾向にあるので，揶揄の対象になるように思います。SNSなどでも「いいね！」等を集めることで承認欲求をその場だけでも満たせることから，そのためにいろいろなアピールに躍起になる人も結構いるようです。健康な承認欲求は，努力するモチベーションにもなるので，悪いものではないのですが，歪んだ自己愛などと関連すると承認欲求がおかしな方向に向いてしまうので，自己肯定感がどのように形成されているのかも，丁寧に見ていく必要があります。自己肯定感だけが妙に高くても，ただの自己満足であったりもするので，高ければいいというものでもなく，バランスが大切だと思います。<br /><br />　親や養育者による心の地力としての自己肯定感と社会性における自己肯定感は車の両輪のようなもので，どちらも重要です。心の地力としての自己肯定感が高くても，社会性における自己肯定感が低いと，家族関係の中での自己肯定感の傷つきを避けるために，社会とのつながりを避ける傾向が強くなっていきます。不登校やひきこもりの中には，このような構造の自己肯定感の歪みがみられる場合も多くあります。いわゆる過保護な育て方が高じると，自己肯定感がおかしな形で解釈されるというか，子どもを失敗させないようにする親の不安の方が大きく，社会性における自己肯定感を育てる機会を失ってしまうことが多くあります。反対に，地力としての自己肯定感が低いままだと，社会性における自己肯定感の高さというのは脆弱さを抱えていて，成功者とみられていても転落の不安などから評価が下がったりすることに耐えられず，常に注目を浴びようと策を弄したり，他者を貶めようとするなどの行動をとりがちです。地力としての自己肯定感が低いままだと，社会的な評価が高まったり承認を受けても，社会性における自己肯定感も高くならず，自分に不相応だとプレッシャーに押しつぶされるようなことも多いので，承認欲求が弱いという場合もあります。カウンセリングでも，自己肯定感はテーマになることが多く，不安障害やうつ病とも関連が深いものです。</div>]]>
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		<summary type="html" xml:base="http://www.kokoro.net/" xml:lang="ja">　梅雨も明けてきて暑くなってきましたので，みなさんご自愛ください。もう月末ですが，ここのところ本当に月末ギリギリか過ぎてしまってからの更新でしたので，少しだけ余裕をもって書ける感じがしています。いずれにしても，お待たせしてしまってごめんなさいなのですが(苦笑)。今回は，ちょうど知人のFacebookで知った最近のカウンセラー養成の傾向などについて，驚いたことがあったので，傾聴などの基本的な技法論を含めて，少し書いてみたいと思います。</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kokoro.net/">
<![CDATA[<div>　梅雨も明けてきて暑くなってきましたので，みなさんご自愛ください。もう月末ですが，ここのところ本当に月末ギリギリか過ぎてしまってからの更新でしたので，少しだけ余裕をもって書ける感じがしています。いずれにしても，お待たせしてしまってごめんなさいなのですが(苦笑)。今回は，ちょうど知人のFacebookで知った最近のカウンセラー養成の傾向などについて，驚いたことがあったので，傾聴などの基本的な技法論を含めて，少し書いてみたいと思います。<br />　何に驚いたかというと，カウンセリングで悩みなどを傾聴する過程で，ひとしきり悩みを話した後に，カウンセラーが「○○という相談内容でよろしいですか？」という形で要約するんだそうです。カウンセラー養成の講座などは，今でも多いのだろうと思いますが，割と共通性があるようなので，傾聴の技法的なところで，何か不思議な理解の仕方がまかり通ってしまっているように思えてしまいました。まあ，何というか，サービスとしての齟齬がないようにする意味では，共通理解として言語化しておくというのは，必要な側面もあるのかもしれないので，カウンセラーとして働く企業や組織の現場によってはそういうルールでやりましょうというのはあると思います。しかし，カウンセリング／心理療法における傾聴の基礎としては，やはりズレていると感じるので，何か原則的な部分が誤解されているのではないかと思います。本質をはずれた基礎技法の教え方をすると形だけになってしまうので，健常度の高い方はともかく，精神症状やパーソナリティ傾向が複雑になると適切な傾聴ではなくなってしまいます。<br /><br />　推測になりますが，「反射」や「伝え返し」などの技法が転じて，相談内容の要約になってしまったのではないかと考えられます。「傾聴」の技法を身につけるという場合，ほとんどはロジャーズの理論や技法が基礎となっています。形式的にはオウム返しのような応答を練習するのですが，内容が込みいってくると基本的に相手の言葉を使ってまとめ返すことをします。それがいつの間にか，相談内容を要約するのがいいという方向に理解されていったように思います。しかし，オウム返しのようにみえる「反射」は「感情反射」と呼ばれ，クライエントが話した内容に含まれる感情の部分を返していくことで，こういう気持ちになっているということが鏡のように反射され，クライエントが悩みを受けとめてもらえている感覚になるとともに，自分の気持ちを実感して深めていくことが本質的な意味といえます。「伝え返し」も意図するところは同様です。それを，事実関係のところを要約するような応答をしてしまうと，気持ちのところがそぎ落とされやすく，そういう応答をすると気持ちを実感して深めていく過程が途切れてしまいやすいのです。<br /><br />　混乱していて話にまとまりがないような場合は，カウンセラー側の理解のために事実関係を整理していくことはありますし，それでクライエントも自分の言いたいことがまとまっていくのでわかってもらえたという感覚につながる場合もあるので，一概に要約することがいけないというわけではないのですが，一律に要約するというクセがついていると，要約すること自体が目的になってしまいかねず，質問も事情聴取に近くなって共感的理解から離れていきます。あくまで，クライエントの悩みを感情レベルで理解していくための傾聴であり，感情反射の本質を理解しながら応答を身につけていくことで，クライエント自身が自分の感じている気持ちを深く理解していき，気づきにつながっていきます。傾聴だけでも奥が深く，神経症の軽いレベルの主訴であれば，傾聴していくだけでも心の自然治癒力が回復し，充分にカウンセリングとしての効果を発揮することができます。それを教えるには，実践を通して体感しているような経験値が必要です。形だけ覚えて頭で理解していても，手に馴染んでいないような技法は伝えることがかないません。正しい理解が広まることが，カウンセラーの質の向上にもつながると思いますので，本質を伝えられる講師が増えていくことを願ってやみません。</div>]]>
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		<summary type="html" xml:base="http://www.kokoro.net/" xml:lang="ja">　最近になって，体調がだいぶ回復してきました。普段の仕事に支障があるようなことはなかったのですが，年齢とともに体力的な衰えを感じるようにはなっているので，気をつけながら進めたいと思います。季節の変わり目で気温が不安定なので，みなさんも心身の変調に気をつけてお過ごしください。今回は，新たに開設した▲「こころブログ」▲について，紹介を含めて雑感やブログ発信の全体の方向性についても少し書きたいと思います。</summary>
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<![CDATA[<div>　最近になって，体調がだいぶ回復してきました。普段の仕事に支障があるようなことはなかったのですが，年齢とともに体力的な衰えを感じるようにはなっているので，気をつけながら進めたいと思います。季節の変わり目で気温が不安定なので，みなさんも心身の変調に気をつけてお過ごしください。今回は，新たに開設した<a href="https://kokoro.ne.jp/_office/index.php?sub=blog">▲「こころブログ」▲</a>について，紹介を含めて雑感やブログ発信の全体の方向性についても少し書きたいと思います。<br />　「こころブログ」は，公認心理師の取得も視野に入れて，精神疾患に関するカウンセリング／心理療法の治療論的なことやセルフケアなどについて，僕の臨床経験で培ってきたものをまとめていくことで，参考になればと思い開設しました。開業して10周年を迎えた「こころオフィス・盛田」を，うつ病と双極性障害を専門として部門化したこともあり，うつ病と双極性障害を中心に書いてきて，ほぼ週２回の更新を達成して20記事に到達したところです。そろそろ，うつ病と双極性障害だけでなく，その周辺や別の疾患などについても触れていきたいと思っています。<a href="https://twitter.com/unmeitenkan">▲ツイッター「運命転換心理学研究所／こころオフィス・盛田」▲</a>でも更新のお知らせをしていますので，よかったらフォローしていただけると嬉しいです。以前から，フォローしてくださっている方は，ありがとうございます。ツイッターの活用がこなれていず，未だにハッシュタグもつけていないしあまり反応できていませんが，引き続きよろしくお願いいたします。<br /><br />　「こころブログ」の方は，更新頻度を上げていこうと文章を短めにしているのですが，書いているといろいろ書きたいことが浮かんでくるので，編集上の都合などで枠を決めてそこに収まるようにまとめています。その方が，書き切れなかったことを次回に書くという感じで，連載的な形をとりやすいようには思っています。ひとつのテーマを３〜５記事に分けているのですが，全体の構成は漠然としか決まっていないので，書いているうちに変わっていくこともありますね。最初の時点では，記事がいくつになるかも決めてません。その方が，実際のカウンセリング／心理療法の感覚に近いので，実践に即した内容になるように感じています。まだ書きたいテーマはいろいろとありますが，こうしてまとめていくことは，僕の中でも実践の意図や流れが整理されていくので，軸ができていくような感じですね。事例発表などをする準備のときにも，同じような感覚がありますので，伝えるために文章などの表現にまとめていくことは，実践の質を高めることにもつながるように感じています。<br /><br />　公認心理師を取得すると，こちらの「ＣＰブログ」をどうするかも，考えないとならないかなと考えています。「ＣＰ」は臨床心理士(Clinical Psychologist)の英語表記の頭文字ですが，公認心理師はどうやら「ＬＰ」(Licensed Psychologist)という表記をする形になりそうなので，名称変更とともに古い記事などを整理しようかと思っています。それに伴って，このサイト「臨床心理士・盛田祐司」も名称変更することになるかと思います。職能団体の方でも，臨床心理士から公認心理師と名称変更する流れがあったりもするので，その動向も参考にしながらと思っていますが，当面は「公認心理師／臨床心理士」という併記になるようなイメージをしています。他にも書きたいことはあるので，このブログを継続するかも含めて，どういうふうに発信していくかを，この機会に検討していきたいと考えています。方向性が決まりましたら，改めてお知らせしますので，今後ともよろしくお願いいたします。</div>]]>
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		<published>2018-10-31T23:29:12+09:00</published>
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		<summary type="html" xml:base="http://www.kokoro.net/" xml:lang="ja">　最近の気温差に体がついていかないようで，ストレスも伴って風邪を長引かせてしまい，１０月末ギリギリの更新となってしまいました。お待たせしてごめんなさい。まだ治ったわけでもないので，少し短めになると思いますがご了承ください。今回は，子どもの心に必要なことについて書きたいと思います。</summary>
       <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.kokoro.net/">
<![CDATA[<div>　最近の気温差に体がついていかないようで，ストレスも伴って風邪を長引かせてしまい，１０月末ギリギリの更新となってしまいました。お待たせしてごめんなさい。まだ治ったわけでもないので，少し短めになると思いますがご了承ください。今回は，子どもの心に必要なことについて書きたいと思います。<br />　長年，非常勤で教育相談に従事してきて，ざっと考えると５００人ぐらいの子どもを見てきたと思います。僕は子育てをしたことがありませんが，様々なケースを通して親子関係を見てきて，子どもとの関わりを通して実感してきたことは豊富にありますので，その中で感じてきたことを書いていきます。「子どもの心に必要なこと」と題しましたが，一般的には「愛情」ということでいいのだと思います。ただし，「愛情」というのは抽象的で，どのようにも解釈されてしまう側面があると感じています。極端な話，暴力でさえも「愛情」と結びつけられかねず，「愛のムチ」という言葉がありましたが，本来の意味と解釈の仕方が大幅にずれていってしまう危険性があります。<br /><br />　僕の感覚を言葉にまとめると，シンプルに「心を向けて見てもらえている感覚」だと言えます。これは，子どもが感じられているということを中心に考える必要があり，それが子どもの育ち方に大きく影響していきます。もちろん，親を中心に周囲の大人が「愛情」をもとに「心を向けて」いくわけですが，「見てもらえている感覚」を子どもが感じられることが，子どもの心の栄養になっていきますし，情緒的・心理的に子どもが育っていくために不可欠だと考えています。何らかの形で虐待を受けてきたり，親の関わりが薄く愛情不足で育ってきた子どもが，例えば施設などで暮らす場合に，周囲の大人に「試し行動」をすることが多くあります。これも，「見てもらえている感覚」を得ようとする試みで，教育相談の臨床でもそれに近い行動をとる子どもがいます。<br /><br />　思春期の反抗や問題行動でも，基本的には同じ側面があって，大人になる過程で「個」を確立しようとする過程で，「見てもらえている感覚」が不充分だと，やはり「試し行動」を行います。思春期の場合は，それまでの様々な傷つきが重なって複雑になっていて，親だけでなく周囲の大人にも広がるという点で，小さい頃との違いはありますが，心が求めていることは共通しています。親や教師など周囲の大人が熱心に子どものことを考えているように見えても，子どもの側に「見てもらえている感覚」が得られていないことも多くあります。それは，「大人の都合」が入っている度合いによると言えます。親や先生が熱心に見えても，その裏に「良い親（先生）に見られたい」といった願望の方が強いと，子どものためにいろいろやっていても「見てもらえている感覚」にはなりません。むしろ，子どもの方が「見てもらえていない」という傷つきを深めていきます。もちろん，100％大人の都合が入らないというのは難しいので，自分がどのように「大人の都合」で動くのかを，無意識レベルで気づいていくことが大切だと思います。</div>]]>
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		<published>2018-08-19T15:49:04+09:00</published>
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		<author>
			<name>CPmorita</name>
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		<summary type="html" xml:base="http://www.kokoro.net/" xml:lang="ja">　東京は猛暑が一段落して，少し過ごしやすくなったのですが，ちょっと落差が大きい感覚があります。お盆休みだった方も多いと思いますが，夏の疲れが出てくる時期でもあるので，うまくリフレッシュできているといいですね。僕の方は，学会の準備や公認心理師の試験勉強で，まとまったリフレッシュはおあずけという感じです。今回は，日本心理臨床学会の自主シンポジウム「開業臨床のやりがいと楽しさ」で，話題提供者として話すことになっていて，その準備をしているところなので，それをテーマに感じていることを書きたいと思います。</summary>
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<![CDATA[<div>　東京は猛暑が一段落して，少し過ごしやすくなったのですが，ちょっと落差が大きい感覚があります。お盆休みだった方も多いと思いますが，夏の疲れが出てくる時期でもあるので，うまくリフレッシュできているといいですね。僕の方は，学会の準備や公認心理師の試験勉強で，まとまったリフレッシュはおあずけという感じです。今回は，日本心理臨床学会の自主シンポジウム「開業臨床のやりがいと楽しさ」で，話題提供者として話すことになっていて，その準備をしているところなので，それをテーマに感じていることを書きたいと思います。<br />　開業臨床というのは，僕が臨床心理士を目指した時から視野にありましたし，もともとは占い師として相談を承ったりしていたので，それほど特別という感じではなく，開業を前提に研鑽してきたという感じです。それでも，資格を取ってすぐ開業できるほど甘いものではないと学ぶ過程で思ってはいたので，医療関係や教育関係の機関で非常勤として働きながら，カウンセリングルームとして開業しているところのカウンセラー／セラピストとして仕事をして開業臨床の感覚を肌で感じる経験ができるようにしたり，開業することを前提に考えてきました。そうしているうちに，一緒に仕事をしたり学んだりしたつながりを通して信頼関係ができていき，「カウンセリングをお願いしたい人がいて・・・」と紹介されるようになって，公的施設の応接室を時間貸しで借りてカウンセリング／心理療法を始めたのが開業臨床のはじまりでした。紹介をいただけるというのは，相手の仕事ぶりや人格的な側面などを信頼していないとなかなかできないものなので，最初のやりがいというのは，その信頼と期待に応えていくということだったように思います。都市部では，臨床心理士の数が飽和していて，なかなか仕事を見つけるのも大変な状況があり，そういった事情から資格を取ってすぐ開業するような話も聞くのですが，いろいろと疑問を感じるところではありますね。<br /><br />　もちろん，紹介が頻繁にあるわけではないですし，それだけで経営面で開業が成り立つというわけでもないのですが，開業臨床は特に信頼に足る人格や仕事の内容がないと難しいと思いますので，周囲から紹介を受けられるぐらいの信頼を得られているかどうかは，周囲を鏡のようにして自分を見ることができるので，開業する点でのひとつの目安になるのではないかと思います。仕事の内容は，勤務先の同僚などならある程度は感じてもらえますが，一番はクライエントさんが実感するところです。紹介した人にも，その後を気にして様子を見たりしているので，継続していて一定以上の改善がみられると，安心してもらえます。やりがいという意味では，カウンセラー／セラピストとしての仕事を日々振り返りつつ，学びや研鑽を重ねてスキルも向上していますので，やはりそれが役に立って，クライエントさんが改善や成長などの良い方向に変化していることが，鏡のように自分のやりがいとして返ってくるという感覚がありますね。カウンセリング／心理療法の効果はスキルだけではなく，カウンセラー／セラピストへの信頼感や安心感に負うところが大きい側面もあります。継続的に来ていただいているクライエントさんには，「いろいろな人に受けたけど，盛田さんが一番よかった」といった言葉もいただいたりするので，大きなやりがいを感じますし，いろいろな意味で感謝の気持ちがふくらんできます。<br /><br />　「楽しさ」も自主シンポジウムのテーマのひとつですが，個人開業だと基本的には自由に仕事ができるので，僕にとってはそれ自体が楽しさにつながっています。もちろん，統合的心理療法の立場でクライエントさんに合った形でカウンセリング／心理療法を行いますが，その中で自由にアレンジできるアート性みたいなところ，例えて言えば華道のような感じでしょうか，そういう楽しさがありますね。組織の中でも，やりがいや楽しさは感じられますが，周りと協働して共有できる反面，どこか間接的な感覚があります。個人開業は，すべてを自分ひとりの裁量でやる苦労や責任も引き受けるという意味ではプレッシャーも感じますが，自分の努力や成長がダイレクトに返ってくるという喜びがあるように思います。健全な意味での自己愛というものも，その中でテーマになってきたりしますし，自分自身の理解や成長にも関心があるので，開業臨床という営み自体が楽しさとつながっている感じですね。もちろん，生きていくことと同じように，大変さやつらさを感じることも結構ありますが，そういう時期を乗り越えるとまたやりがいや楽しさを感じられたりします。常勤職を得て，組織というある種の守りの中で安定感を得られた上でのやりがいや楽しさというものもあるでしょうし，どちらが良いかというよりは，志向性の違いなのだと思います。書いてみて，開業臨床が自分の志向性に合っているし，この形だからやりがいや楽しさを感じられる度合いが強いのだと，改めて感じる機会になりました。</div>]]>
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		<published>2018-07-30T17:56:58+09:00</published>
		<updated>2018-07-30T17:58:10+09:00</updated>
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		<summary type="html" xml:base="http://www.kokoro.net/" xml:lang="ja">　更新が月末ギリギリになってしまい，お待たせしてすみません。猛暑続きで，熱中症にならないように何とか踏みとどまっていますが，自律神経が不安定になっている感じで，体調があまり良くないことが多いので，仕事に支障が出ないように，なるべく休養を取っています。みなさんも，熱中症などにはできる限り注意して予防対策をしてくださいね。今回は，ブログの冒頭でよく触れている自律神経のことや自律訓練法というアプローチについて書きたいと思います。</summary>
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<![CDATA[<div>　更新が月末ギリギリになってしまい，お待たせしてすみません。猛暑続きで，熱中症にならないように何とか踏みとどまっていますが，自律神経が不安定になっている感じで，体調があまり良くないことが多いので，仕事に支障が出ないように，なるべく休養を取っています。みなさんも，熱中症などにはできる限り注意して予防対策をしてくださいね。今回は，ブログの冒頭でよく触れている自律神経のことや自律訓練法というアプローチについて書きたいと思います。<br />　最近になって，自律神経について書籍やテレビで取り上げられることが増えているようなので，基本的なことは多くの方に知られるようになってきたと思います。医師ではないので，臨床心理士としてみた自律神経の話題という感じで，僕の感覚と経験を踏まえた説明の仕方になっていますので，その点はご理解をいただきたいと思います。自律神経は，交感神経と副交感神経の働きに分けられ，主に内臓の働きや血流・発汗などを調整して，ホメオスタシス（生体恒常性）を保ち，体を環境に適応させて正常に活動できるようにする働きがあります。交感神経と副交感神経は，それぞれアクセルとブレーキに例えられたりますが，交感神経は活動するときに，副交感神経は休養するときに，優位になると考えておけばいいでしょう。この関係は，シーソーのようにどちらかが優位になり，それをスムーズに切り替えられるのが，正常な状態といえます。いわゆる「自律神経失調症」という状態は，これがスムーズに切り替えられず，交感神経が優位のままになって，副交感神経に切り替えられなくなった状態と言われています。副交感神経優位に切り替わらないと，頭がずっと働いているような状態など神経が高ぶってしまい，なかなか眠りにつけないとか，眠りが浅くなるということが起こってきます。「自律神経失調症」の症状は多岐にわたりますが，睡眠は副交感神経の働きが大きいので，睡眠の変化はひとつの目安になると思います。<br /><br />　自律神経を僕が説明するときは，動物が戦うか逃げるときに交感神経が働き，それ以外は副交感神経が働くと，動物園の動物などを例に挙げています。人間も哺乳類に分類される動物の一種なので，生体の維持という観点からは動物の体の働きとあまり変わらないはずです。動物園の動物を見ていてもわかるように，ほとんど目立った活動がなく休んでいます。これは，リラックスした副交感神経優位の状態と言えます。野生の動物でも，狩りをしたり天敵から逃げるときなどは交感神経優位となり，体が最大限に動くように自律神経が切り替わりますが，それ以外はリラックスして寝ていたりいます。本来的に，交感神経というのはずっと働くようにはできていません。それに対して，人間の生活は，長時間の集中が必要な仕事をするなど，常に気を張っている活動状態になりがちで，交感神経優位の状態が続きやすいので，本来的な動物の自律神経の働きとは異なるため，スムーズに副交感神経に切り替わりづらい状態にあると考えられます。そこにストレスが加わると，常に戦闘状態あるいは逃走状態になるので，副交感神経がほとんど働かなくなって，体に様々な変調が起こってきます。交感神経優位が続くと，交感神経は本来そう長く働かせられるものではないので，糸が切れたように活動できなくなり，無気力状態に陥ることもあります。<br /><br />　自律神経失調症が続くと，うつ病などの精神疾患に移行したりすることも多くあるので，自律神経の変調に早い時期に気づくことが重要といえます。自律神経の変調は，前述したように副交感神経優位の状態に戻らなくなっていることが大きな要因なので，リラクセーションなどで副交感神経を働かせるような習慣を身につけることが必要になります。カウンセリング／心理療法の技法の中では，「自律訓練法」が代表的なものになります。やり方は，検索すれば簡単に見つかると思いますが，効果を実感するためには実際に専門家に受けた方がいいでしょう。「自律訓練法」は，催眠に近い技法で暗示的に身体感覚を用いた誘導を行うので，信頼できる専門家に受けた方が入りやすくなります。その名の通り，自律神経を整える技法で，感覚を身につけてしまえば，自分ひとりで使えるようになります。僕の場合は，呼吸法やイメージを組み合わせて，より効果的な方法を身につけられるように工夫しています。「自律訓練法」以外でも，基本的には自分がリラックスして頭が空っぽになり，よく眠れる状態になれればいいので，普段から自分に合ったリラクセーション法を見つけて習慣づけておくのがいいと思います。自律神経が乱れやすい時期でもあるので，みなさんがより良くやりたい活動ができるように，自律神経を整えるような習慣づくりをお勧めします。</div>]]>
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		<published>2018-05-27T13:15:04+09:00</published>
		<updated>2018-05-27T13:15:04+09:00</updated>
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		<summary type="html" xml:base="http://www.kokoro.net/" xml:lang="ja">　この時期は，春から夏への季節の変わり目になるので，自律神経が乱れやすいのですが，最近の東京周辺は気温の変化が大きく，特に体調の変化などに注意していきたいところです。冷房の部屋と暑い野外などとの気温差も，意外と自律神経に影響しますので，気をつけていきましょう。今回は，発達障害に関する誤解などについて，書きたいと思います。</summary>
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<![CDATA[<div>　この時期は，春から夏への季節の変わり目になるので，自律神経が乱れやすいのですが，最近の東京周辺は気温の変化が大きく，特に体調の変化などに注意していきたいところです。冷房の部屋と暑い野外などとの気温差も，意外と自律神経に影響しますので，気をつけていきましょう。今回は，発達障害に関する誤解などについて，書きたいと思います。<br />　発達障害は主として，自閉症スペクトラム障害（ＡＳＤ）と注意欠陥多動性障害（ＡＤＨＤ），学習障害（ＬＤ）がありますが，今回書きたいと思ったきっかけは，ネット上の複数の記事でした。Facebookでシェアされていたりで知ることが多いのですが，最近よく目にするのが，発達障害を抱えている（と本人は感じてる）人の生きづらさのようなライフストーリーを取材した記事です。当事者の語りを通して，外見からはわかりづらい大変さを伝えるような趣旨のものが多いのですが，どうも，読んでいると疑問符がいくつも出てくるような記事が目立ちます。取材する側も取材される側も，臨床的な経験に基づく専門的な知識が充分ではないために，本当に発達障害なのかどうかが曖昧なまま，記事になっているという印象が残ってしまうのです。ここで記事を示してあげつらうようなことはしませんが，こういう記事を読んだ人が，自分にも当てはまると思ったりあの人もそうじゃないかと思ったりして，発達障害に関する誤解が広がってしまうような懸念をもっています。発達障害という概念が広まってきて，早期発見につながる側面もあるのですが，多くが断片的あるいは表面的な情報から知識を得て，診断などの専門的な見解には基づかない形で，「発達障害」という用語を使っていることが多いと感じるので，注意喚起の意味も込めて書いている次第です。<br /><br />　自閉症スペクトラム障害（ＡＳＤ）については，その場の空気や文脈が読めないためのトラブルとか，コミュニケーションに関する苦労という側面が挙げられることが多いと思います。発達障害と判断するには，その状態像が何に起因するかによって異なってくるので，自己中心的でその場の空気を無視するとか，思い込みが激しくて誤解をよくするとか，コミュニケーションが単に苦手というような特徴だけでは当てはまりません。注意欠陥多動性障害（ＡＤＨＤ）については，主に注意機能の問題が大きいタイプと，衝動性の高さが目立つタイプ，その両方に分類されます。これも，何に起因するかによるので，片付けなどのまとまりのある作業が進まずにできないことや，衝動性の点で易怒性（怒りっぽさ）や急に感情的になるといった行動面だけを見て判断することはできません。学習障害（ＬＤ）については，全体としての能力は劣っていないのに，読み書きや算数などの限局した部分に限り大きく劣ることを指しています。名称の問題もあるのですが，勉強ができないことや苦手なものがあることから，そう指摘されたり心配されたりする子どもを多く見てきました。また，適応が難しい子どもや扱いづらい人物などの蔑称のように「発達障害」という言葉が使われることもよく耳にします。それを使う人が，相手のことで苦労したり嫌な想いをしていて，何かを当てはめた方がスッキリするような気持ちが起こるのは理解できますが，本当に発達障害で大変な想いをしている人にとっては，差別的な意味合いになってしまうことを懸念しています。<br /><br />　前述した記事の中には，自分の生きづらさの理由を発達障害に求めているような内容も散見されました。記事を読む限りでは，学校や会社などの中では比較的多くの人が感じるであろう，対人的な葛藤やシステム的な問題などに起因する生きづらさを，主に自閉症系の発達障害に当てはめてしまう傾向が感じられました。まあ，個人のことだけであれば，それで本人の生きづらさが少しでも緩和されて，社会で生きていける頼りになるのなら，それでもいいと思うのですが，記事として紹介されることで誤解が広まるのは避けてほしいと感じています。このような現象は，時代とともに移り変わっていて，少し昔で言うと「アダルトチルドレン」，最近広がりを見せているのが「ＨＳＰ（高い繊細さをもつ人）」が挙げられます。生きづらさの理由をどこかに求めたいという気持ちは，多くの人にあって流行のように広がっていきます。これは，ある種の時代や社会システムの病なのかもしれないとも思いますが，他のものと違って，発達障害は診断名のカテゴリーであるので，レッテルを貼って烙印を押すような強いニュアンスにもなりかねません。その点で，記事を書く人には特に，発達障害に関する誤解が広まらないように，専門的な見解を踏まえながらの客観性を保てるように配慮していただきたいと願っています。</div>]]>
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		<summary type="html" xml:base="http://www.kokoro.net/" xml:lang="ja">　今日は急に暖かい日で，最近の寒さに厚着をしていたら，汗ばむぐらいでまた季節の変わり目だなという感じがしています。心身の調子も崩しやすくなるので，みなさんご自愛ください。学会があったり，来年に向けての企画に関わって動いていたり，何かとバタバタしていて更新が遅くなってごめんなさい。その企画に関連して，今回は個人開業することについて書いていこうと思います。</summary>
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<![CDATA[<div>　今日は急に暖かい日で，最近の寒さに厚着をしていたら，汗ばむぐらいでまた季節の変わり目だなという感じがしています。心身の調子も崩しやすくなるので，みなさんご自愛ください。学会があったり，来年に向けての企画に関わって動いていたり，何かとバタバタしていて更新が遅くなってごめんなさい。その企画に関連して，今回は個人開業することについて書いていこうと思います。<br />　企画というのは，開業について語る場みたいな感じなのですが，知り合いからお誘いがあって，来年できるかまだ確定してませんが，話をする方向になっています。そのお話をいただいて，自分が経験してきた開業について考える機会になったので，ブログでも書いてみようと思いました。屋号として「こころオフィス・盛田」を掲げたのは，2008年の９月でしたから，もう１０年目に入ったのですね。初めは，知り合いの紹介で「カウンセリングを受けたい人がいるのでお願いしたい」というお話を数件いただいて，公共施設の時間貸しの応接室を見つけて，お受けするという形をとっていました。その内にクチコミや紹介が増え，オフィスのウェブサイトを見て来られる方も少しずつ出てきたので，予約が自由に取れるように，賃貸を事務所として借りたのが2012年の１月でした。もともと，開業志向ではあったのですが，もう少し経験を積んでからと思っていたところに，僕のことを信頼してくださる複数の方から紹介をいただくようになったのがきっかけです。開業するタイミングというのは人それぞれですが，プロセスワーク的には世界から呼びかけられるようなきっかけが，ひとつの目安になるのかなと思っています。<br /><br />　最初の頃は，クライエントさんは何らかの症状を抱えている方が中心でしたが，それは僕の心理的援助の関心がそこに向かっていたとも言えます。当時は，症状がどのようにして起こり，どのように回復していくのかに大きな関心があり，そこをサポートしたいという願いがありました。このように，カウンセラー／セラピストが志向する心理的援助の方向性に関連するクライエントさんが多くなる，といったことが起こります。また，カウンセラー／セラピストの内的なテーマと重なる部分があるクライエントさんが訪れるということも多く，当時は僕の場合は僕の中の双極性をもつ気分の波と向き合うことが必要になったりしました。双極性障害（?型）まではいきませんが，そのような傾向は持っているので，クライエントさんの気分の波とつきあいながら，自分の気分の波と向き合ってその波を乗りこなせるようになるといった経験の蓄積が，現在でも双極性障害（?型）と単極のうつ病との鑑別や，カウンセリング／心理療法のスキルの向上につながっていると思います。このように，カウンセラー／セラピストは表層的には援助者側ですが，深層的には非援助者側になっていて，セルフケアをしたり必要に応じて教育分析などを通してサポートを受けたりすることも重要になります。ユング心理学やプロセスワークでは，カウンセラー／セラピストとクライエントを含めた全体性を把握する視点を持っているので，クライエントさんの悩みや困難は「わがこと」でもあり，併走的にそのテーマに向き合っていきます。<br /><br />　このようにテーマが重層的になっていることを，プロセスワークでは「フラクタルな構造」と呼びますが，個人開業というのは，この構造がダイレクトに感じられます。もちろん，組織の一員として仕事をする中での心理臨床でも，このようなことは起こりますし，感性の豊かな心理臨床家であれば，深層心理学的なオリエンテーションでなくても共有できる話なのです。ただ，チームといった協力関係においては，そのチームや組織の関係性を含めて複雑さもあり，責任の所在も薄れる側面があります。その意味で個人開業は，責任の所在がカウンセラー／セラピスト個人にかかってくる分，自分自身を理解し内的なテーマと向き合い続ける覚悟が必要と言えます。それは厳しさが伴う反面，開業を目指そうとする方に対しては，そこが心理臨床の醍醐味でもあり，やりがいになる部分だと伝えていきたいと思います。また，臨床心理士に限りませんが，最近は資格を取ったからと自我肥大的になって安易に開業して，自分自身の理解や内的なテーマと向き合う姿勢が養われないままに進んでいると思われるカウンセラー／セラピストへの苦情を，他機関から移ってきたクライエントさんや臨床家仲間から耳にすることが増えています。開業に限った話ではないのですが，結局はその人が人格的に成長していくことや，周囲やクライエントさんとの信頼に足る関係性を築いていけるかどうかが，大きく影響します。個人開業であれば，それもダイレクトに自分に返ってくることは明らかですので，常に自己研鑽を怠らない姿勢が大切だと思います。</div>]]>
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		<published>2017-09-27T16:45:31+09:00</published>
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		<summary type="html" xml:base="http://www.kokoro.net/" xml:lang="ja">　しばらく体調を崩してしまい，更新が遅れてしまってごめんなさい。仕事は集中してやっていますが，休養優先にさせていただきました。２学期のスクールカウンセラーの仕事が始まったり，非常勤先で仕事が立て込んだりして，ちょっと負荷が大きくなっている感じです。季節の変わり目でもあるので，みなさんもご自愛くださいね。今回は，心理臨床家の自己効力感について，書きたいと思います。</summary>
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<![CDATA[<div>　しばらく体調を崩してしまい，更新が遅れてしまってごめんなさい。仕事は集中してやっていますが，休養優先にさせていただきました。２学期のスクールカウンセラーの仕事が始まったり，非常勤先で仕事が立て込んだりして，ちょっと負荷が大きくなっている感じです。季節の変わり目でもあるので，みなさんもご自愛くださいね。今回は，心理臨床家の自己効力感について，書きたいと思います。<br />　心理臨床家の自己効力感と言うと，一般的にはクライエントの役に立っている自分を感じられるという側面が大きいと思います。僕も，クライエントさんが良い方向に向かっていれば，もちろん嬉しく思いますし，頑張ろうという気持ちも出てきてエネルギーになります。それはそれでいいのですが，カウンセラー／セラピストの自己効力感を満たすために，無意識にクライエントを利用しているといったことが，周囲を見ていると意外とよく起こってしまうように感じます。「クライエントのため」なのか「自分のため」なのか，心理臨床家は，自分自身を深く理解してよく見極めないと，落とし穴にはまりがちです。「クライエントのため」というのは，使命感のような耳障りのいい表現ですが，この背景に自己愛的なコンプレックスがからんでいる可能性があることは，自らを省みて注意しておく方がいいでしょう。「クライエントのため」に尽くしている自分に酔っている，という感じです。何度か取り上げている，メサイア・コンプレックスも似たところがあり，自分が救済者になったように感じるために無意識にクライエントを利用し，やはり自分に酔っているわけです。いずれも，自己愛的な全能感を求めるために自己陶酔してしまう危険性があります。<br /><br />　比較的健康度の高いクライエントであれば，それでもポイントを押さえてカウンセリング／心理療法を行っていれば，相応の改善は可能ですし，カウンセラー／セラピストに巻き込まれずにいられます。しかし，依存性が高いクライエントの場合は，その自己愛的な全能感を頼りになると錯覚して依存してしまうために，自立的な主体の育みが阻害されてしまいます。カウンセラー／セラピストの側も，依存されることで自己愛的な全能感が満たされるために，無意識にクライエントを依存させるように関わり，カウンセラー／セラピスト自身も頼ってくるクライエントに依存的になり離さないようにします。また，他人に合わせてしまういわゆる「良い子」タイプのクライエントも，カウンセラー／セラピストに合わせて良いクライエントを演じてしまい，表面的には上手くいっているようにみえることがあります。表面的にでも上手くいっていることが，カウンセラー／セラピストの自己愛を満たすので，支配従属のような関係性になりがちで，カウンセラー／セラピストの助言や支持をよく守る良いクライエントといった構造ができていきます。どちらも，本質的なクライエントの問題やテーマには触れられないまま，回数を重ねていくということになってしまいます。<br /><br />　心理臨床家の側としては，まず自分の自己愛傾向と向き合うことが大切になります。自己愛自体は悪いものではなく，自己愛が健全に育まれずに歪みが大きくなっていることが問題です。「クライエントのため」という心がけは大切ですが，実は「自分のため」なのにすり替えていないかを，よく自己分析しておくことが重要です。もちろん，心理臨床家にも心の傷があり，ユング心理学でいうところのコンプレックスがありますから，大丈夫だと思っていても，思わぬところで自分のテーマが浮上していることがあります。クライエントとの出会いで，カウンセラー／セラピストが自分のテーマと向き合う必然性も大きいので，良い意味で「自分のため」に，カウンセラー／セラピスト自身のテーマに取り組んでいき，そこで得た気づきが「クライエントのため」につながっていくようにすることをお勧めします。クライエントが改善するのは，あくまでもクライエント自身に内在する自己治癒力であって，それを発揮できるようにサポートする役割が心理臨床家です。心理臨床家が「治している」「癒している」という感覚は，自己愛的な全能感とつながりがちなので，心理臨床家の自己効力感は，クライエントとの出会いを通して自分自身の気づきを深め，カウンセラー／セラピストとして成長することで高めていく心がけが大切だと感じています。</div>]]>
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		<published>2017-08-26T16:17:18+09:00</published>
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		<summary type="html" xml:base="http://www.kokoro.net/" xml:lang="ja">　夏休みでリフレッシュした方も多いかと思いますが，８月は雨続きで気温の変動も大きくなっています。休み明けの仕事などに心身がついていかないことも多いので，注意してくださいね。学校も，２学期が始まる前後は子どもの気持ちが揺れやすいので，様子をみてあげてほしいと思います。今回は，カウンセラー／セラピストのあり方について，基本的なことを含め深層心理学的な観点で書いてみます。</summary>
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<![CDATA[<div>　夏休みでリフレッシュした方も多いかと思いますが，８月は雨続きで気温の変動も大きくなっています。休み明けの仕事などに心身がついていかないことも多いので，注意してくださいね。学校も，２学期が始まる前後は子どもの気持ちが揺れやすいので，様子をみてあげてほしいと思います。今回は，カウンセラー／セラピストのあり方について，基本的なことを含め深層心理学的な観点で書いてみます。<br />　カウンセラー／セラピストのあり方について，多くの方が学ぶのはロジャースが提唱した３条件の中の「自己一致」ということではないかと思います。もう少しかみ砕くと，カウンセラー／セラピストが自分自身の心と向き合って，それを理解していて言動も自分の心からズレていないこと，という感じです。カウンセリング／心理療法の中では，クライエントとの間の関係性で様々なことが起こってきます。精神分析的な文脈で言うと，転移／逆転移が起きていることに気づいていることが大切になります。クライエントから転移感情を向けられたときに，転移が起こっているというだけでなく，それに対してカウンセラー／セラピストの心がどう反応しているかにも気づいていることが重要です。陽性の恋愛感情などを向けられたとして，カウンセラー／セラピストも心を動かされて恋愛関係になってしまったら，もうカウンセリング／心理療法の関係性ではなくなります。これは，比較的気づきやすいのですが，陰性の怒りなどの感情を向けられたときに，カウンセラー／セラピストが本当は動揺したりしているのに気づいていないとなると，自己一致とは言えなくなります。これは，逆転移の場合も同様で，カウンセラー／セラピストの側に陰性感情が起こってきたときの方が，気づきにくいと言えます。セッション中に気づけているのが理想ですが，セッション後に振り返る時間をもてるようにして，自分の心の動きを見つめることが重要です。<br /><br />　カウンセリング／心理療法の関係性の中で起こることは，多くの場合，クライエントが来談したテーマに関連して起こってきますので，カウンセラー／セラピストの見立てをもとにして，その感情なり反応なりがどのような背景で起こっているのかに思いを馳せるような感覚でいることが大切です。さらに，それに対するカウンセラー／セラピストの感情なり反応なりに気づいて，クライエントのテーマやそれを反映する何らかの関係性がそこで生じていると考えていきます。それは，深いレベルの共感で起こっている，クライエントがまだ気づいていない感情かもしれませんし，クライエントの中でコンプレックス化している関係性における，相手方の感情かもしれません。あるいは，カウンセラー／セラピストの中にあるテーマが関連していることも意外に多いので，その判別も必要になります。この意味で，自分自身が抱えているテーマに気づいていなければ，カウンセラー／セラピスト自身の感情や反応でクライエントとの関係性に悪影響を生じてしまうので，深層心理学系では教育分析が重視されるわけです。とはいえ，カウンセラー／セラピストも人間ですから，全く自分自身の感情や反応が出ないわけではありません。そこに気づかずにいると，いわゆるアクティングアウト（行動化）を起こしてしまうので，自分自身の感情や反応に気づいているということが大切です。<br /><br />　理不尽な怒りを向けられたりした場合も，カウンセラー／セラピストの側も揺らされたりしますが，そこで沸き起こった怒りを返したり，防衛的になって自己弁護したり，いいカウンセラー／セラピストという仮面で平静を装ったり，では自己一致にならないわけです。今ここで，こういうことが起こっているというのを，もう一人の自分が俯瞰して見ているように，カウンセラー／セラピスト自身に起こっていることも含めて，気づいていることが重要です。それをクライエントにどのタイミングでどう伝えるかは，見立てに基づいて判断していきます。ユング派やプロセスワークなどの深層心理学では，クライエントとカウンセラー／セラピストの間で，無意識の深いレベルでは境界がなくなるほどつながっていると想定しています。カウンセラー／セラピストが自分のテーマと向き合っていくことで，クライエントのテーマが良い方向に展開していくという側面もあります。この意味では，カウンセラー／セラピストのあり方としての専門性というのは，そこで起こっていることに気づいているかどうかに尽きると言ってもいいと思います。その気づきの力，アウェアネスの高さが，ひいては，混乱して余裕がなくなっているクライエントに対して，明晰さを保って余裕をもてる状態のカウンセラー／セラピストが提供できる，癒しであったり変容や成長であったりするわけです。技術的なこともいろいろありますが，ロジャースが「自己一致」を最も重視したように，実践においてはカウンセラー／セラピストのあり方が最も重要だと考えています。</div>]]>
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